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コラム

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2010/02/18

BORを聴いて、我に返る ―どうして日本には時間の余裕がないの?

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 2008年10月、BOR―Marcolm Braff(p)+Baenz Oester(b)+Samuel Rohrer(ds)をMotion Blueで聴いたときのこと。もうずいぶん時間がたってしまったが・・・。

 もともと、2007年の横浜Jazz Promenadeの際、たまたまベーシストが見つからなかったので、もしやと思い、スイスに住むバンツに、来る気ある?と声をかけた。もちろん私のトリオ(Drumsは池長一美氏)に来て欲しかったからだが、彼は、このBORのプロモーションも兼ねて、来日することになった。私はスイスに彼との演奏に行くとき、音楽を聴くことに歴史のあるヨーロッパで、彼と演奏することがもちろん一番の目的だが、音楽以外にも、ヨーロッパのその社会のありように、背筋が伸び、環境の美しさからエネルギーを充填するという目的もあり、渡欧する。いかに日本がしんどいか・・。そんな日本に、スイスからわざわざ来たがるなんて、摩訶不思議。理解不可能。

 彼ら「BOR」の1枚目のアルバムは、非常に重い。それを、プロモーションに使うと、日本のライヴハウスや、プロモーターが果たして受け入れるだろうか、と思えるほど、出だしから重い。ダークで先が見えない。しかし、10分15分と聴いて行けば、らせん状に核心に近づいていくそのうねりの中で、ふと気が付くと、とても深く純粋な音楽に徐々に浸り、引き込まれていくその心地よさに気づく。まさに行き着くべきところに至ったような、エンディングを聴いた後は、この音楽の始まりから聴くことが出来て幸せだった、という感情が湧き上がる。云わば、原石から小さな結晶を研磨、または何かを精製していく過程を見るような感じ。でもそれは偶発的・突発的ではない。つまり、トリオは同じ方向を向いていて、“遠くを見据えている” ような距離感も同じである。しかも、同時に近くは、触覚で十分感じあっているかのよう。濃密だ。

 演奏を聴いていて思った。日本にいて、演奏するときは、インスタントに分かりやすく、結果を求められることが多い。アウトラインが中身より重要視されている、ということか・・。静かに集中し、ゆっくりと時間をかけて、音楽を作りあげていく演奏は、「暗い」・「難しい」などとして、疎まれることがある。じっくりと音楽に浸り、味わうことなく、「明らかさ」に価値が置かれる。すると音楽家もそれに答えようとする。従って、いわば、短時間で、印象的で、刺激的に、と、ものすごくあせっている気がする。時に、そんな風になっている自分に気付く。
 ・・・曲を弾き始める。もっと待ちたいこともある。ひとつの音の行方を見定めてから、次の音が決まる事だってある。静かに音を紡いだら、しーんとした森のような音楽になった、ということもあるはずだ。 聴くほうも演奏するほうも、静寂や時間の流れに耐える「弾力性」を持つことができない。この忙しい日本の中では。

 どうしてこんなに時間がないのだろう。

 ミヒャエル・エンデの「モモ」が思い出される。灰色人によって、時間を貯蓄することをすすめられる。実際にはその時その瞬間が大事なのであって、未来のために今の時間を節約し(結果、希薄になる)、得をしたつもりになるのは、大きな勘違いである・・という児童文学だが、まさに今の日本の事だ。なぜこんな日本なんだろう。「モモ」も400ページ・・・。まず「読む時間なんかない」と言うのだろう、居酒屋やカラオケには行っても。

 BORの演奏を聴いて、その国の国民性が、やはり、芸術を育み、それが又国民に還る、という循環が存在する事を強く感じる。ヨーロッパ人は思考が深いのか。少なくとも思考することを暗い・重いという発想がなく、思考することに変な照れなどない。物事に真面目なのは当たり前なのである。

 BORの演奏は、目標とするところは確固としてある。それに向かって皆が邁進するが、そこまでの過程は、それぞれの出方に拠るので予測不可能。といった感じ。日本では退屈だと決め付けられてしまう。つまり、音楽家はじっくりやりたい気があっても、時間の流れに身を任せられない、焦りに脅かされている。

 BORの演奏を聴き、ヨーロッパ人の音楽の聴き方を始めて味わったときの事を思い出す。聴き手の精神は圧倒的に、ステージでこれから起こることに集中している。その、聴き手のエネルギーがその場を満たしている事が、はっきりと肌に感じられる。大切に出した音がそのエネルギーの中を伝わって行き、受け取られているのが目に見えるようだ。音楽の良し悪しより、分かりやすさに価値が置かれることなど決してない。良し悪しを決めるのは聴き手一人ひとりで、それぞれ、音楽を聴くことにプライドを持っている。そして、批評家ではない。なぜなら、音楽を聴くことが楽しみだからだ。日本のなかでは、時に、知らない曲を聴衆が好まないのは、そのプライドが傷つくからだと聞く。スタンダードをやらないと面白くないと言い切る評論家もいる。それって、「楽しむこと」からかけ離れている。何が起こるかを、期待して待ち、集中して、今しかないその音楽を聴き楽しむことから、かけ離れている。唯一の時間芸術である音楽の、最高の楽しみ方だというのに。

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2009/04/23

アルバム「For A New Day」について 2009年4月

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 2009年4月1日、安ヵ川大樹氏(ベース)と橋本学(ドラム)でトリオのアルバムをリリースしました。安ヵ川氏が「ダイキムジカ」というレーベルを立ち上げ、そこから出す事になったのです。

 今までカルテットのアルバム2枚、ヴォーカルとのデュオが1枚で、トリオは初めて。この数年、トリオでスタンダードを演奏することも、とても面白いと思っていました。また、なんでも「ピアノトリオが好きな人」がとても多いそうで、次はトリオで出したいとも考えていました。

 トリオの力関係ってとても、バランスが良いのです。人間の手は2本、耳も目も2個ですが、三角形の頂点のように、それぞれが左右に辺を伸ばしている感じ。結束力がある。どちらかの手に重みがかかっても、もう一方の手が引き寄せてくれる、そういったバランスが存在します。

 今回はスタンダードを3曲演奏しています。いずれも、長年大好きで飽きずに演奏しているもの。とても有名な曲なので、皆さん良くご存知でしょう。

 そのほかの私のオリジナルについて、紹介します。

1. Kaori
「香り」ではなく、「香織」さん。私の生徒さんのお名前。彼女が結婚するときに、披露宴で「何か1曲弾いて」と頼まれ、では折角なので、と作った曲。素直で可憐な彼女のことを思い浮かべると、すいすいと出来てしまった曲。彼女のために作ったけれど、ライブでは毎回のように演奏する曲になった。やっぱり20代の女の子が気に入ってくれることが多い。弾くときには毎回彼女のことが思い浮かぶ。良い披露宴だったなあ。

2. 青紫陽花〔Ajisai〕
私は6月生まれで、誕生花があじさい。そのせいもあってか、昔から親しみがある。梅雨のうっとうしい頃に、雨に洗われた見事なブルーやピンクの花が美しい。自然界にはブルーは意外と少ない。私はグーッとひきつけられてしまう。青い紫陽花の前では、雨の中でも釘付けになってしまう。あじさいは「紫陽花」と書き、「青い紫陽花」は「青紫陽花」。色が続き、きれいでしょ?

3. All the things you are(Jerome Karn)
4. Blue Or Red
敬愛するビル・エバンスの書いた名曲に「Blue in green」という美しいバラードがあるが、良く聴きに来てくださる方が、紫のイメージだね、と感想をくれ、このタイトルに。色と音は、私の中で、完璧に呼応している。

5. Last Snow
私は寒いのが苦手。9月ごろの夕方、秋風の気配を感じると、もう次の春を待ちのぞむ気持ちになる。寒いとエネルギーが落ち、気持ちが静止してしまうような気がする。雪が降ると、都会は、白と灰色で、色を全く失ってしまう。冬に限らず、町は汚く、人の情緒は平坦で、世の中モノトーンだが、雪はわずかにあるきれいな緑や生命の宿る土さえ覆ってしまう。雪が消えて、色が現れるように、世の中も冬の時代がすぎ、命が復活しないかなあ・・という詞も書いた。

6. The Nearness of You(Horgy Carmichael)
7. All Of You(Cole Porter)
8. For A New Day
 同時多発テロのあと、アメリカが戦争を始めることに決めた、あの時は本当に、愕然とし、失望した。そのときに書いた曲。地球はひとつ。宇宙に出てみてみれば良い。見られないなら想像しようよ。争いにどんな理屈も、そこに住む人には何の意味もない・・・という歌詞を書いている。


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2008/06/26

ウルトラセヴンに物思う

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 昨年、ウルトラセヴンの再放送をテレビで深夜にやっていた。あまりに面白いので録画し、息子に見せたりしていた。最近では、NHKで大人がウルトラシリーズを熱く語る番組もあった。

 ウルトラシリーズの好ましいのはまず、テーマ音楽の素晴らしさ(セヴンは作曲:冬木透さん)。そして中身には余計な音楽が流れていないということ。たまに喫茶店のようなところでは、大人っぽいボレロなどのダンス音楽風が流れていたりするけど、ほとんどのシーンで、台詞以外は無音。惹きつけられ、緊張感が高まる。そんな中「きゃー!」という叫び声と共に奇妙な生物が姿を現す。な、なんて、恐い!

 私は、5歳上の兄につられてリアルタイムで見ていたのか、再放送で見たのか定かでないし、しかもウルトラQなのかウルトラマンなのか、セヴンなのかもよくわからないのだが、とにかく恐かった印象だけはある。大人になり、ビデオでウルトラQを見たときは、その不気味さ、テーマの真面目さ、映像のシンプルなおもしろさなどに惹きつけられ、何度も見た。子供の時、恐いと思ったのはこのウルトラQだったに違いないと勝手に決め付けていた。セヴンなどはもう、怪獣といつもなぜか同じ大きさにセヴンが変身し格闘する、子供だましのものだと思い込んでいた。ところがどっこい、テーマは環境汚染や核問題など、社会的で超真面目、白黒の画面は暗く、恐い。つまり、とても大人っぽいのだ。失礼しました。

 今の子供のためのテレビ番組は、驚くほど稚拙だ。誰が、いったいそうしているかと言うと、もちろん子供ではなく、大人なのだ。もともと子供は向上心に満ち、好奇心旺盛であるから、意外と誠実で前向きなものを好む。見くびっちゃいけない。安易で分かりやすいもの、刺激的なもの、考えなくて良いものは、大人が望んでいる。子供は未熟なのだから自分達以上に分かりやすく単純なものを・・などと一方的に決めつけてはいけない。子供の本質は自堕落な大人より、ずっと思慮深く、バランス感覚に富み、前向きだ。そして知的好奇心と生命力に満ちている。子ども達は骨の在る物を受けとめるくらいの力はあるのだ。ウルトラセヴンはテーマもさることながら、台詞も容赦ない。少々難しい言葉も必要なら使っている。全ての子どもにわかる言葉だけで作るなんて、つまらない。前後から推し量るという、想像力は大切だと思う。
 ウルトラシリーズが放映されていた頃は、電波に自分達の作ったものが乗るのだという作り手の「プライド」がはっきりと在ったのではないか? それに、無意味なものを電波に乗せるわけにはいかないという当たり前の「責任感」も。「私たちが作るものを皆が見る、いいものにしなければ!」という意気込みが感じられる。作っている大人は、本気で、しかも楽しんで作っているのがわかる。結果、子ども番組だけど、大人が見ても楽しめるものになっている。それが本当は、メディアの最低のお約束じゃないだろうか。しかし今はどうだろう。作り手の、責任感やプライドはおろか、楽しみも感じられないものが多いように思う。

 刺激的で単純でわかりやすい物につい反応してしまうのは人間の性だ。自分から求めなくても、考えなくてもいいから、楽なのだ。ましてや、子ども達は、「本当に面白いこと」の経験が少ない。そんな子ども達に、まる投げで判断させてしまうのはどうかと思う。自主性を育むこととは別の問題だ。
 色んなものが便利になり過ぎ、大人の世界ではいつの間にやら、「面白いかどうか」「美しいかどうか」などというそのものの「本質」にすり替わって、自分が「楽かどうか」が大切になっている。むしろ価値基準になっているといえるくらいだ。ぜんぜん違うことなのに。「面白いけど面倒」なことより「面白くないけど楽」って方を選ぶ人がとても多い。めんどうがって、自分なりに判断してみることをしない。えらいことだ。作り手は、空っぽで時に有害なものを作っても、「みんなが見たいものを作っているのさ」、と胸を張って言うのでしょう。恐ろしいことだ。そういった大人の身勝手さ、浅はかさは、すぐさま、子ども達に反映される。そしていずれその子ども達は、未来の世界を作ることになる。

 テレビはたくさん見ないにこしたことは無いが、子ども達にとって楽しみのひとつとなっているならば、作り手は、本気でプライドを持って作ってくれないと困る。親もそうでないものは見せないという判断力を持たなければならないと思う。つくづく、そう思う。

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2008/02/05

バンツ滞在の余波の余波・・・

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 前にも書いたがバンツの友人のオランダ人ヴォーカリスト、シルビア然り、隣人の調律師・ベネ然り、彼らの生活は驚くほどシンプルで、質素。電気機器は洗練された便利な道具ではあっても、必要最低限で、ましてやステイタスなんてものとは無縁。物に支配されていない。よく物事を考えていて、価値観はそれぞれに確固としてある。
 環境や社会の情況が「考える」時間を与えてくれている。時間的に長く働きすぎないように、労働時間は法律で決まっている。街は日本のように騒音が溢れていない。スーパーでさえ静寂に満ちている。目から入る情報も同じ。町並みは余計な色がなく、調和が取れていて美しい。ヨーロッパには考える時間と静寂がある。(もちろん人口が違うが、日本は人が多いからこそ、皆できれいな街に静かに暮らすことを目標にしなくては!)

 彼らは日常的に自然と、環境問題や政治のことに話は及ぶ。大人が社会を作っているのだから、当たり前のことだ。よく考えてよく遊ぶ。日本ではそういった話は暗いとか重いとか、簡単に片付けてしまって、うっとうしがる悪しき風潮がある。だから、政治家があんなにひどくてもやっていられるのだ。但し、日本でもジャズミュージシャン同士では日常的に話すよ・・。実はとても真面目なのだ。

 考えると、10代20代のとき、私は、自分自身が環境や政治に直接関わっていると、意識していたかというと、恥ずかしいことにそうではなかった。あまり深く考えずになんとなく暮らしていたように思う。しかし、ジャズ音楽を深めていくことで、自然と物事を深く見るようになっていった。即興演奏主体のジャズはその人の内面が露呈してしまう。取り繕うことが出来ない。音楽的に深まる事と人間的に深まることは同期している。

 また、音楽により色んな人と知り合い、ヨーロッパを訪れてはバンツやその友人たちとも話をし、日本の価値観以外の物にも触れて、色々考えるようになった。日本の中にいて当たり前と思っていたことが、当たり前ではないことはたくさんあった。加えて私は母になった。自分中心で考えていた人生が、自分以外の者・自分の子供が快く暮らせるかどうかが大問題になった。子供の人生に関わる、と考えると、当然、環境・政治は他人事ではない。

 「日本を離れると日本が見える」とよく言うが、まさにその通りだと思う。自分のこともよく見える。だから、外国に行く事は―海に囲まれた日本人にとっては特に!―とても大事で、必要なことと、本当に思う。パック旅行だと、その国の文化にほんとうに触れるのは難しい。1箇所の滞在時間が十分ではないことが多いだろうから。しかしそんな中でも、語学に長ける人は訪れるその国の言葉を、そうでないなら、英語を少し身に付けておくと、色々と違ってくる。どこの国でも英語を話す人は日本語を話す人の比ではない。また片言同士だと会話がどうにか成り立ち、楽しい。もし訪れた国の人と仲良くなれたら、旅をした甲斐があるというものだ。遠い国に友がいるなんて、それだけでわくわくする。旅をした甲斐、どころか、財産とも言える。海に囲まれた私達はそうやって積極的に、他の国の人や文化に触れる機会を持つべきだと思う。それも出来れば、なるべく若いうちに!大画面テレビを買うより、どこかの国を訪れよう。人生にとってきっと大きな意味があると思う。

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2008/02/05

バンツ滞在の余波 その2 “食”に関すること

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 ずいぶん時間が経ってしまいましたが・・ 

 彼の両親は、2人とも学校の先生だが、料理はお父さんの役割だった。
 一度お宅へ伺った時、お父さんはデザートのアップルパイまで作ってくれた。そういうお家に育っているから―ヨーロッパではぜんぜん珍しくないし、家事は女の仕事などと言う男の人は、結婚できないらしいよ― バンツも基本的に出来ることは自分でやろうという姿勢だ。
たとえば、りんごが食べたくなれば、台所からナイフを持ってきて、勝手に剥いて食べる。
で恵琉馬にも食べる?と一切れ剥いてくれる。スイスの彼の家でも、在るものは何でも好きに食べればいい「Help yourself」と言ってくれる。なんて楽!日本では、相手のことを思いやってりんごを剥くのがおもてなしかも知れないが、そんなに欲しくない時に黙って剥かれても、困るし、欲しいのに剥いてくれない時、もてなそうとしている人に催促もし難い。もてなす立場では、いつ剥こうか気が気でなくて疲れてしまう。結構ですなどと断られても、遠慮なのか本心なのか、いつも迷わなければならない。迷ったあげく結局剥いても、食べられずに黄色くなって行くりんご・・なんて悲しい。
 そんな訳で、私はもてなす時ももてなされる時も、いる・いらないを聞き、言うようにしている。
おー、一つ思い出した。食べ終わると、フォークとナイフをお皿の右側に並べて置くが、これは「もう結構です」の意。まだお代わりがほしい場合、閉じずに開いておく。面白いのが、たくさん欲しい時は、がばっと、少し欲しい時は細く開く・・とは、バンツに教えてもらった。スイス式なのかな?少なくとも、Bene(バンツの友人の凄腕スイス人調律師)は、そうしていた。これも変な遠慮を回避できて、とてもわかりやすく、好ましい。

 今回も彼にドレッシングを作ってもらった。前にも書いたが、スイスのサラダは驚くほどおいしい。野菜もおいしいが、(ルッコラに似た「ヌースリ」という野菜は忘れられない味だ。いわゆるベビーリーフの類だが、日本では見たことがない)ドレッシングが、酸味が利いていて油っこくなくて、抜群においしいのだ。
レストランでは、皆、残ったドレッシングをパン(どのレストランでもテーブルに必ずパンの入ったバスケットが置いてある。もちろんただ)に、どっぷりと染み込ませて食べている。・・・さすが、そんなおいしいサラダを食べなれたバンツのドレッシングは、抜群。うちにあるいつもの材料で作っているとは思えないほど本当においしい。
バンツに会って以来、私もドレッシングは自分で作る。最初はなかなかうまく出来なかったが、今は結構いける。買っていたなんで嘘みたいだ。考えてみれば当たり前だ。基本的にたかが「酢と油と塩」で作るものなのだ。化学調味料も無用だ。作ってみよう。

*バンツのドレッシングのレシピは;ビネガー(アップル、又は白のバルサミコ。レモン汁を混ぜるとおいしい)大さじ2、マスタード小さじ1/2、塩小さじ1/3~1/2、コショウ少々をフォークなどで良く混ぜる。バージンオリーブオイルを酢とほぼ同量加え、乳化するまで良く混ぜる。※但し、量は好みで加減してね。

 たったこれだけ。良く見るレシピと違うのは油の量が少ないことだけ。油は酢と同量で十分。マスタードは隠し味として必要。辛味ではなく風味なのだ。あと重要なのはお酢の香り・味と、塩加減。塩が足りないのはいただけない。私は砂糖を少量入れる。「砂糖=旨み」なのだそうだ。酸味を和らげる役目もある。
 そして、「かける」のではなく、食べる直前によく和える。 


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2007/12/11

バンツ滞在の余波 その1 ―英語のこと

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 拙い英語での会話だが、音楽の話はもとより、ジョークを教えてもらったり―なぜか欧米人はたくさんジョーク・所謂ねたをたくさん持っている―、又、逆にとても真面目なので環境問題や政治の話になったり、とにかくたくさん話した。単語が出てこなくて、もどかしい思いもたくさんしたが、何とか会話できることの喜びを噛み締めていた。ジョークを笑えるのだも。

 ・・思えば、初めて彼に会ったときは、私にとってヨーロッパ・2度目の訪問だったけれどドイツ語はおろか、英語もほとんど話せない状態だった。バンツは笑っていた。「Do you want beer?」「Yes, I do」それだけははっきり言えるねって。記憶力なしの私にとって、英語は得意科目ではなかった。発音はサイモンとガーファンクルなどを歌っていたので、ほめられたこともあるが、なんせ、単語が覚えられない。しかし、どうしてもヨーロッパで演奏するには少なくとも英語を話すことが必要と勉強した。友人のイギリス人のハーモニカ奏者、コリンさんに食事につきあってもらって英語で話をすることを試みた。まずは外国人と話すことの恐怖を克服せねばと思った。その頃までは、中学から長年、学校で学んで来た英語は、とても自分の本質から離れた所にあって、教わった大阪弁訛りの英語が使えるとは実感できなかった。きっと先生方もそんなに使ったことが無かったのではないだろうか。(今でも忘れられない。英語の内海先生。「今日で一週間はサッタデエ」とか、「誰やそこでやかんをケットルのは!」・・記憶力がないわけではないね。) 高校でその発音をほめてくれた先生というのは篠田先生という母校池田高校では名物先生で、その頃すでに白髪で、戦争体験を交えての授業で独特だった。授業中先生は良く脱線(話がよそに反れること)をして、戦争中の体験談になった。私達はそれを心待ちにしていた。勉強をしないでいいのもその理由だが、先生のつばを飛ばしての臨場感溢れるしゃべり口はとても引き込まれた。その先生は子音をはっきり意識することが大切という、日本語には無い英語の大事な部分を教えて下さった。

 しかし、われながら話が出来るところまで、よくがんばったと思う。ほぼ独学だ。必要だと感じてから、5年くらいは、新聞以外は英語の本を読んでいた。始めは、辞書を引くのにへとへとになりながら読んでいた。さっきこれ調べたのに!と、何度も何度も。紙にも書いた。読んで、辞書を引いた単語はその日のうちに覚えようと、繰り返し文を読み書いた。それでもなかなか頭に入らずいらいらしたが、とにかく続けた。読むときは小さい声でも唇を動かし音読をした。電車で迷惑がられたこともある。覚えようと思うフレーズがあると、そのフレーズがスーッと空で言えるようになるまで繰り返した。2年を過ぎた頃だったか、不思議なほど単語が覚えられた時期があった。いわゆるLeaning Curveが上がったときだ。その体験はすごい快感だ。今まで出来なかったことがすいすい出来るのだから!きっと、英語の仕組みに慣れ、英語的言い回しに抵抗がなくなったときだと思う。「関係代名詞」なんて、「何々であるところの」というふうに訳すように教わったので、なんとなく教科書的な書き言葉で、会話で使うなんて想像できないでいたように思う。それに会話の中で「関係代名詞」は矢印をつけて戻ってくるわけでは無いのだ。戻らずどんどん進む。そんなことに慣れ始めたときだと思う。

 第2期Leaning Curveがやってこないかあと心待ちにしているのだが、訪れてくれないなあ。

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2007/11/23

バンツが来た!我が家に吹いたヨーロッパの風!

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2007年10月5日からバンツ滞在

 前の来日が確か2000年。こちらからスイスに行ったのが3年前。
 久しぶりに会うバンツはあまり変わりなく、相変わらず穏やか。始めてあった時は生まれつきの細かくカールした髪が爆発していたが、その後、手入れのめんどうさや、出入国時の審査官の態度の差により短く品行方正的にカットしている。もともと彼は知的な人なので風貌がおとなしくなると優等生丸出しになる。
 騒がしく汚い日本へ良く来てくれましたと迎えた。

 彼はうちに滞在するので、私は英語の事が心配でならなかったが、彼の驚異的な洞察力と忍耐力と思いやりを以って、なんとか言いたいことは伝わり、もしかして私はスイス訛りでなければ英語を聞き取れないんじゃないかなと思うほど、彼の英語に馴染んでいて、なんとかコミュニケーションは成立。(英語については又後ほどくわしく・・) 無事、1週間余りを楽しく過ごすことが出来た。
 最も6本のライブ中4本を一緒に演奏したドラムスの池長氏が英語に堪能なので、かなり助かった。まだ私は頭の中で一生懸命、日本語を英語にする作業をしているので、時々英語で話すのが非常に疲れてしまうことがある。そんな時英語が話せる人がいると、簡単に頼ってしまう。

 不思議なくらいかさだかくないバンツ・・・。誰かがうちに滞在すると、何かと気を使い疲れたりすることもあるが、彼の場合は楽なのが不思議だ。私達が彼のうちに滞在させてもらう時、バンツは、居心地のよい空間ときれいなシーツ類を用意し、おいしいクロワッサンを朝買って来てくれたり、近所の農家の特製チーズやサラミを調達してくれたり、特別美しい場所に連れて行ってくれたりと、心を尽くしてくれるが、無理は決してしない。したくないことをしたり、欲しくないものを食べたり、普段の自分の暮らしを変えてまでもてなしても、それで疲れて早く帰って欲しいなどと思うようなばかげたことはしたくないという、究極の配慮がある。私もそういう彼の態度に感謝し、楽に楽しく滞在させてもらう。これこそホスピタリティと思う。
 私も彼を見習って、おいしいものを作ったり、ゆっくり出来るように気遣ったりはするが、無理はしないようにしている。バンツは寛ぐのも上手い。ゆったりリラックスしているが、だらだらと根が生えたようには過ごさない。もしベースが弾きたくなったら、すっと弾きに行く。無理しないのでこちらも楽。最低の礼儀をわきまえ、その上で好きにしている。我が家に、スイスのバンツ宅に滞在したときのような落ち着きが生まれる。まさにバンツが、彼と共にスイスのムードを運んで来たようだった。

 バンツは“心を開いている”のだ。自分が心開くことで、相手も心を開き人間関係がスムーズにしかも濃密に進む。とても、合理的で気持ちよいと思う。つまり互いに余計な遠慮がなく話が早い。人間は誰しも、面倒くさくなくてしかも安心できる他人との関係を最も望むはずだ。不安に苛まれるのはいやだ。さびしいのも嫌いだ。しかし自分のペースは守りたい。これは皆共通していると思う。それを達成するにはどうする?・・・心を開くしかない。 

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2007/08/27

父・5月に他界

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 父はとうとう死んでしまった。
 あたりまえだが、初めて父を見送った。

 死目には会えなかった。離れているので仕方なかった。新幹線に飛び乗り駆けつけたときには既に顔色は、生きているそれとは全く違う。父を見て、「あー、死んでしまったんだね」と、まるで、大事にしていたものがばらばらに壊れてしまったような、そこに体は完全なままであるけれど、こう、「取り戻せない」という後悔に似た、強い悲しみが襲ってきて、走り寄らずにはいられなかった。それは、家に帰り着くまでの道々、わざわざ、タクシーを拾わず小雨がしびしび降る中、逝ってしまった父に再会したときの気持ちを想像しながら、それでいて再開を恐れつつ、涙が流れるまま長い間歩き、覚悟を決めて、玄関を開けたにもかかわらず、それをはるかに上回る、静かな衝撃とも言える悲しみそのものの塊だった。

 父に触れたくて仕方がなかった。頭を撫で、頬に触り。大切な子供に触るときと良く似た衝動だった。ただ、涙しているか、微笑んでいるかの差はあるけれど、愛しいと思う気持ちは同じように思う。胸やお腹にドライアイスをたくさん抱かされていた。父はものすごく冷たかった。冬、とても寒く足先から冷えてジーンとしびれ、骨までが冷え切ってなんだかどーんと重く痛い感じ・・・。その感覚を思い出し、父がかわいそうだった。死んでしまったとはいえ、なんとなく、だからって、突然、人間でないような扱いになってしまうのが哀れだった。暖かくしてやりはしなくとも、居心地よくしてやりたかった。

 肉体に宿る唯一無二の魂、それを受け入れて“いた”(子供の場合は“いる”)肉体。その人という生き物の在り方が、素直で健気に思えるのだ。
命と体が別の物であるのは一目瞭然。心臓が止まっても肉体は同時に消え失せるわけではないのだから。すべての体の機能を停止しましょう、と誰か(父の魂自身かもしれないし、他に存在があるのかも)が決めたのだろう。しかし、よーく考えてみると、心臓を動かしていたのはいったい誰であろう。そして、何のために動いていたのだろう。そういう考えに思い当たるのは、ごく自然なことと思う。
 この体の中に82年宿っていた命は、この世よりもっと平和な空間に放たれたような気がしてならない。また、会えるのかな? きっと会えるのだろう。

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2006/05/28

その4:オーストラリアの事。またまた続き、しかしこれで終わり

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 Patのコンサートも良かったが、WOMADelaidというワールドミュージックフェスティヴァルも素晴らしかった。世界中から民族音楽がらみのグループが参加している、とても大きな音楽祭。3人が手をつないでやっと届くような大きな木があちこちにある大きな公園内に6つのステージがあり、3ステージずつ1時間交代でライヴが昼12時から約12時間、3日間にわたって行われるのだ。日本からは和太鼓の林英哲さんが出演していた。オーストラリアはもちろん、イギリス、スコットランドやら、インド、スリランカ、ブラジルやら・・、とても興味深い音楽が目白押しでCoopers-Beerを飲みつつ、或いは美味しいエスニックフードを食べつつ、気に入ったステージを、芝生の上でくつろいで聴く。或いは踊りながら聴く。昼間は35度あり暑いが、日が沈むとぐっと温度が下がって、20度を切るほど寒くなる。トレーナーでも寒いくらい。一日中いても、飽きる事はない。素晴らしい音楽、昼と夜、真夏と秋、聴くにも寛ぐにも充分なスペース、各国の食べ物、うまいビール・・・があるのだから。

 何千人いるのだろう、観客はすごい数だが、ごみがほとんど落ちていないのには驚いた。それに、これだけの人数が集まると、興奮と共に殺気立った感じがあるものだが、そこには無い。皆愉しむのが上手、とはいえふしぎ-。余裕を感じる。木々の効果か・・。

 “木”といえば・・、そこここにユーカリの木があり、独特の匂いが公園中に満ちている。ユーカリは食べると毒で、唯一コアラはそれを解毒する事ができる動物だそうだ。ただものでは無いとは思っていたけど、やるな。ユーカリは嫌な匂いではないが、確かに殺菌・殺虫作用のありそうな匂いなのだ。事実、芝生の上に座っていて、ハエは名物のようなものなのでいるけれども(覚悟したほどの数ではなく)、他の、蚊・蟻・バッタ・蝶などを全く見なかったのは不思議な事だった。

*****
 驚いたのは、日本語を話せる人が多いこと。Andyのお姉さん、大学の先生、町のタイ料理のウエイターなど、たびたび日本語が聞けて、ほっとする。最も日本語達者なAndyが一緒なので、最初から日本語にゆるゆると甘んじての滞在だったのだが・・。

 オーストラリアはアジアの一部なのだとAndyは言う。なるほど。アジア人は溶け込んでいて、アジア料理の店も多くとてもうまい。

*****
 アデレード州立大学は、美しい学校だった。ジャズ科も充実している。環境がとても整っているので、勉強しようと思うものには、落ち着いて集中出来そうだ。私が高校卒業の時もし知っていたら、留学したかったなあ、と思う。

*****
 時差がほとんど無く、夜寝ている間に着いてしまうのは、まるでブルートレインのような感じ。しかし季節は逆なので、実に不思議。寒から暖への移動は心弾む。帰りは覚悟がいるけれど、もし半年後なら心弾む帰国となるのだ!留学、永住など、人気が高いけど、確かにお勧めだ。

*****
 どこの国へ行っても、日本について、いろんなことに気付き、いろんなことを考える。今回もとてもたくさんの事を感じ、考えた。日本は島国だからこそ、日本人は億劫がらずにぜひとも海外に行くべきだ。出来れば暮らしてみた方がいいのだろう。無理なら一所になるべく長く居て、観光名所だけでなく、住む人の暮らしぶりに触れられるといい。現地の人とお友達になれるとなお良い。

“豊か”というのは、いろんな意味があるけど、果たして日本は?どう感じるかな。

私は今後も、機会があればもっともっと外国に行きたいと思う。日本を離れると、自分の精神的背骨が、矯正されるのだ。ボキボキと音をたてる。うー、背中が痛い。もう、行き時だな。

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2006/04/11

オーストラリアの事:第3弾 まだある、素敵な事

Tweet ThisSend to Facebook | by:Hiroko
 良いなあと思ったことは他にもある。

 Andyと歩いていると5分に1人くらい、Hi Andy!と声をかけてくる。小さい町だからとAndyは言うけれど・・・。もちろんAndyの人徳ということもある。しかしそれだけではなく、なんだか人と人の関係が日本より1歩半ほど近い気がする。Andyは声をかけられて、Hi、元気?じゃね、とだけ言って別れるような事はほとんど無い。何かしら、社交辞令以上の会話をする。5分、時には10分。街では、スーパーのレジ係の人や、店の店員さんはみんな、How are you doing?なりちょっとした一言二言ではあるが、客に声をかけ、客はそれにきちんと応える。いちいち面倒じゃないのかしらと思うのだけど、どちらにもそんな様子は見えない。日本は“袖擦れ合うも多少の縁”どころか擦れ合うと舌打が聞こえたり、下手したら殴られるほど、他人との関係がギクシャク、ギスギスし、いらいらしている。店員さんは、ロボットと化していて、客に「こんにちは」と言うけれど、返事は全然期待していない。会話ではないのだ。なんと不自然、なんと淋しい事よ!怖いのは、ほとんどの人が変だと思っていないことだ。人間関係がもう少し密でなめらかだと、日本がいろんな面で良くなるのは確実だ。近年特に目立つ子供たちの犯罪や、子供・動物への虐待・・・。人間関係を密で円滑にするためには、まず他人を尊重し、ちょっとしたコミュニケーションを面倒がったり、恥ずかしがったりしないで、きちんととる。それだけでどれだけ違うだろう。話さなければ解らない事も往々にしてあるもの。忙し過ぎるのよね、みんな。5分10分の立ち話さえ、許さない社会がそこにある。

 ところで、滞在中、ラッキーな事にPat Metheny Trioのコンサートに行く事が出来た。外国で、日本でも聴いたアーティストのコンサートに行くのは初めてだ。すぐそばのレストランでマイクさん達と待ち合わせ。入り口のバーでCoopersを飲んでいると、ガラスで仕切られたすぐ後ろのレストランのテーブルでは、Pat-Trioのメンバー、Christian McBrideとAntonio Sanchezが食事をしている。8時開演の20分前なのに! しかしいつの間にか居なくなっていて、我々は5分前頃、そろそろ参りましょうと腰を上げる。開演時間なのに開場では皆うろうろ、がやがやしている。その雰囲気は、期待し興奮しているけど、とても寛いでいる感じ。自分の席に到着する前に友人に会い、あちこちで盛り上がっている。パーティー会場のように皆、上機嫌で、わさわさしている。開演時刻を20分ほど過ぎてだろうか、皆、申し合わせたようにふっと落ち着き、そのエネルギーをステージに集結する。大歓声の中、Pat登場!皆、しんと一気に静まり、ステージとホール全体は最高に良い張り詰めた空間となる。聴衆は音楽に集中し、大いに楽しみ、その熱い喜びを素直に表す。聴き方がとてもじょうずだ。Patも実にうれしそう。すごい集中力でまずはたっぷりSolo。その後、2人を迎えて、2時間弱、休憩無しでのすごいコンサートだった。
 驚くのは、3分の1ほどが60~70代のご夫婦や、友達連れ!私の横の女性は、それくらいのお年で、なんと一人で来ていた!Andyに聞くと、「Patは演奏し始めて30年とかたつから、30~40代からずっと聴いていれば・・」と言う。確かに。「いい年をして」と日本ではよく言うけれど、その後に続く言葉が間違えているのじゃない?「いい年をして大人の音楽も楽しめないとは、情けない!」が正しいのでは?

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